ピアノとのシンクロ率

どうも。

ハラミちゃん推しのツキオです。

 

今日はピアノにまつわるあれこれについて。

最近、ピアノ弾いてみた系のユーチューバーの動画をよく見てて、「琴線に触れる」どころの騒ぎじゃない感じになっています。(そこのところ加味してね)

 

はじめに言っておくと、僕ね、ピアノと相性いいんですよ笑

弾けはしないんですけど、すごい相性いい楽器だなって思ってるんです、アイツのこと。(小学4年生まで習ってたし)・ω・

 

なんかね、ピアノの音がね、音という音のなかで一番グッと来るのよ。

ピアノの音にはスゥ〜っと心が引き寄せられるというかなんというか。

琴線の感度がピアノの音に対してだけ、ものすごく高い印象なんです。

 

 

さて、重松清の小説で「その日のまえに」という名作があります。

ガンに侵された妻を夫目線から描いた家族ものなんですが、

その中で、いよいよ妻が病院から出られなくなって、いつ危篤状態になっても

おかしくない、というシーンがあります。

 

夫は、子供の子守もありますから、自宅に帰ってそれまでの生活を続けようとするんですね。(妻の頼みでもあるんですが)

でも、もう妻の死は目前なんです。

今日でも明日にでも、病院の担当医から運命の電話がかかってくるかわからない。

それでも“一生分の涙を流した”彼は、その電話がなることを無意識的に受け入れようとしていくんです。

その電話の着信音に設定したのが、パッヘルベルの「カノン」でした。

「その通知は世界で一番綺麗な音で受けたかった」

みたいに書いてあるんですが、この時からですね、重松清のセンスと小説が放ちうる美しさに魅了されたのは。

で僕は、その小説を読みながら、実際に物語内で電話がかかってくるタイミングで「カノン」を聴いたわけです。

今でもはっきり覚えています。

その時は神聖な瞬間がユーチューブの広告に侵されるのが許せなくて、AppleMusicでお金払ってダウンロードして、神妙な感じで聴き入りました。

そして、それはなぜかピアノソロバージョンでした。

小説にそういう情報があったのかどうか定かではないですが、ピアノソロがとにかく一番ふさわしかったと思います、その音以外は欲してなかったなって。

 

「カノン」みたく強烈に僕の心に刻まれた曲は、あと数曲はあるんですが、それも全部ピアノなんですよ、不思議と。そしてそれらには歌詞がないんです。

だから、言いようを変えると、僕が本当に感動できる音楽ってピアノなのかなぁって。

音楽的素養のない僕でも唯一、深く吸い込めるのがピアノの音なのかなぁって(そろそろ書いてて恥ずかしくなってきた)

 

で、なんですが。

ここからが僕の変態的なところ。

素晴らしいもの、感動できるものを目にしたとき、どうしても「自分も発信側になりたい」「主体になりたい」って思っちゃうんです。

 

これ本当に迷惑というか困った性質なんですよね・・・

(小説書きたいとか、写真撮りたいとか、プログラミングしたいとか、全部こっから来てる・・・)

 

もう単刀直入に言わせてください。

 

ピアノって30歳からでも弾けるんですか!?笑

幸運なことに、嫁のピアノの先生から頂いたピアノがあるんですよ!!

これ、やってもいいやつですか?

やっちゃえ、日産ですか?

ご近所さん、夜勤されてる様子ですが、いいですか?

 

音楽ってたぶん人生の機微を一番うまく表現できる芸術様式なんですよ、きっと。

(小説・映画も負けてないけど)

 

だから、

子供の時にやってなかった

とか

センスが無いから

とか

時間がないから

とか

隣の人が夜勤してるから

とか

 

そんなクソしょうもない理由で折れる意味がわからんのですよね、こちらとしては。

 

A:人生の機微を最も上手く表現できるのは音楽である

B:音楽の中でピアノとのシンクロ率が最も高い

C:人生は一回しかない

 

∴ピアノするしかない

 

僕とピアノのシンクロ率が、

必ずしもシンジくんに勝てないと言い切れるだろうか。

 

 

はい、ということでね。

ピアノちょっと興味あります。

ケイイチさん、またピアノ話書いてよ。

 

じゃあ、またお会いしましょう。

またね(^^)